2020年8月23日(日)に実施されるイベント、「SNSやさしい医療のカタチTV やさしい医療の世界」。
その主催者のひとりである
病理医ヤンデル (@Dr_yandel) | Twitter
と、登壇者のひとりである
が、このオンラインイベントの中身を紹介しつつ、ああだこうだとWebチャットで語り合います。 普段から仲がいいんだか悪いんだかよくわからない犬と病理医ですが、普段の調子で医療とSNS、イベントとコミュニケーションについて語っています。居酒屋でわーわー話しているうるさい客の隣の席に座る気分で、お時間ある方は覗いていってみてください。
■まずはチャットルームの準備などを
あー、テストテスト。このチャットルーム、文字制限はあるのかな?
以下テスト。
『Fate/Grand Order』という、古今東西の偉人や神話の神々、英雄、有名文学作品の登場人物たちとともに世界を救わんとする、ソーシャルゲームがあります(いま世界で最もお金が集まるコンテンツのひとつで、昨年1年間に日本国内からだけで711億円を売り上げました)。
そのゲームで、2019年のバレンタインデー特別イベントに紫式部が登場し、1年後の2020年のバレンタインイベントには清少納言が登場。企画発表時、ツイッターではそれぞれ(以下略)
だいぶいけるな。よし、ここをチャットルームとする。
(後日)
遅くなりました! よろしくお願いします
よろしくお願いしまーす。
さてさっそくですが、まずは軽く自己紹介からしましょうか。
そう来ると思って2000字くらい書き込んでいましたが消しました。病理医ヤンデルです。市原です。
私はTwitterで古典の話や本の話、働き方の話やFGOの話を呟いております。たらればです。よろしくお願いします。
追加で医者っぽいことを書きます。ちょっと待ってください。コピペをします。
医者っぽい話というか、きみ医者だろう。
手元にふざけたプロフィールしかない。
それは同意。
平成15年に北海道大学医学部を卒業しました。平成15年って令和でいうと何年ですか?
え。令和マイナス15年?
ごめん西暦って書いたつもりでリアルに間違えたね。
。。。。本日のお品書き(対談概要)です。
1)「やさしい医療のかたち」とは?
2)それぞれ最初に関わったのは?
3)医療情報の発信についてどう思う?
4)イベントの個人的な見どころは?
5)今回のコロナ禍で何か変わったか?
ATOKによると2003年でしたね、あれ、はじまってる
■信用できる医者のアカウントは「!」が少ない
1)「やさしい医療のかたち」とは?
これ、改めて話すの難しいですね。私はなんというか、ゲストというか「お囃子」みたいな感じなので。
おっしゃるとおりで、 1)に答えるのが一番難しいかも。むしろ、それを探す旅こそが、#やさしい医療の世界 なのだ……(完)
みたいなパロディを石黒正数先生あたりがよくやりますね。
(無視して)ヤンデル先生は、「やさしい医療のかたち」のオリジナル3、大塚篤司先生 @otsukaman 、外科医けいゆう先生 @keiyou30 、ほむほむ先生 @ped_allergy とは、いつ頃から面識があるんですか? 100%Twitter経由?
ええと、たしか、#SNS医療のカタチ の「オリジナル3」が札幌に来て講演をすることになったときに、札幌に住んでいるぼくに声をかけてくれたのが最初です。その時点で、3人とは面識がなかったですね。
マジか。
ツイッターのアイコンは見たことがありましたけどね。
そういうレベルか。
特にけいゆう先生のアイコンは目に入ってました。大塚先生とほむほむ先生は今とアイコンが違った気がする。
医者が医者を信用するタイミングとか見極めかたのコツみたいなのってあるんでしょうか?
ありますよ。それはまず「!」の量ですね。まともな医者は「!」が少ないですからね。
ほー!
今のは場を持たせるためのうそなんですけど、うそを書いてたらその通りだなと思ったので、本当ということにします。
たしかにあの3人、「!」少なそう。
でしょう。
もう少しこう、あるだろう、あるんじゃないか、「なるほどー」みたいな見極め方が。
■論文検索して、ツイートを100個くらい辿って
えーと……「医者が医者を信用する」ために使っている手段はもっぱら「実名で検索」です。
まずはTwitterで医者を名乗るアカウントを見つけたとき、分岐します。ゲームブックのように。
A)実名でやってる? →56へ
B)匿名でやってる? →108へ
ふむふむ。なつかしいね。
A)の場合:実名がわかればすぐ検索します。このとき、Googleではなく、PubMedと呼ばれる学術文献検索用のサービスを使って、論文を探します。あとは、所属先のホームページを見に行く。
これですね。>Pub Med https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/
なるほど。
それです。あとは、Google scholarという、Googleが提供している論文検索サービスを使ってもいいです。これだと日本語でもいける。
これはあとで出てくる話かもですが、今回のコロナ禍で、匿名の医師でもちゃんとした話をツイートする医師、増えましたよね。
あ、そうですね、匿名の医者も多くなってきました。匿名の場合は、素性を検索することが難しいですね。ツイート内容を100個くらい遡ると直感でわかります。でもこれは素人にはおすすめできませんね。
匿名だった場合にやることは、「実名をなんとか探し当てる」です。これができない場合には「そこまでの人」ということで、医者としての信頼度のレベルを2段階くらい下げます。かわりに、ツイッタラーとしての信頼度を判断する別の手段にうつります。でもこちらは本項で語ることではないですね。
ツイートをさかのぼるのは、マジで大事だなーと思います。「履歴書」を見るのと同じくらい、わかりますよね。
おっしゃるとおりです。
「信頼できる情報をしゃべる匿名の医者」なんて、ぼくは一切「医者としては」信用していません。かわりに、「人として」、「ツイッタラーとして」信用しますけれども、「医者として信用していない」以上は、どれだけいい医学情報を言っていてもまず拡散しません。……だんだんそうなってきました。前はもうちょっと緩かったんですけれど。
■キリストは「いい人」タイプの医者だった…?
前にヤンデル先生が言っていて、大塚先生もご著書(『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』大和出版)で書いてたんですが、医療情報の信頼性について、「個人」単位とか「発言」単位よりも、「その人は、どこらへんのネットワークに属しているか」という方法があるじゃないですか。あれはいいなあと思いました。
そうね。同感です。あと、大塚先生の本は、すごいいいですよ。ほんとに。
「4章」よかったですねー。
「4章」ってなんでしたっけ(今手元にない)
ああ、ぼくが「4章がいい」って言った4章ですね! 思い出した
『はたらく細胞』(講談社刊)っぽい、ウイルスを敵兵に見立てた話からはじまって、免疫力の話につなげるところですね。
外敵の例えに「鬼」を使うのがうまいなーと思いました。ぼくはよくヤクザに例えるんですが、鬼のほうがいいですね。
『フラジャイル』(講談社刊)の7巻に、「腕のいい医者か、気のいい医者か」、というセリフがあるじゃないですか。コンサル窪田さんの学生時代のエピソード。「イエス・キリストは気のいいタイプの医者だった」という話。
おっなるほど?
あれを読んで以来、身近な医者、たとえばヤンデル先生や大塚先生が「たとえ話」をするときに、いつもその話を思い出すんですよね。キリストってたぶん、たとえ話とか超絶にうまい医師だったんだろうなと。
診察室で使ってるのかなあ。
ああわかりますよそれ。キリストはいい医者でしょうね。さらに言えば、「キリスト外来」は、再診予約をすっぽかす人がいないと思います。必ず「また行きたくなる」。
あー、なるほど、「また聞きに行きたくなるくらい人柄がいい」ってやつですね。そういう意味では、ほむほむ先生はまさにそんな感じがわかりやすい。
これは医術というか「医の仁術」的な部分なのですけれども、医療において医者は患者に「定期的に頼られる」、あるいは「ある一定の頻度で頼られる」、あるいは「いざとなったら頼られる」人であったほうが圧倒的にいいですね。大塚先生なんてのは、まさにそういうタイプですよね。ほむほむ先生もそうで、けいゆう先生もそうだと思います
その話は、掘り下げようと思ってました。
うむ。
■「困った時に(だけ)頼りたい」では困る
一般の人はさ、医師とか医療って、「困った時に頼りたい」と思っているわけですよ。いざというときのために知っておきたい、っていう感覚が強い。病気になった時に頼りたい。
ふむふむ。
これね、なんとなくだけど、行政側も、医療ってこれまで、「いざというときのために必要」っていう体制だったと思うんですよ。
ほうほう。
でもこれは、ヤンデル先生がちくまプリマー新書(『どこからが病気なの?』ちくま新書)で書いてたことだけど、「それだと遅いんだよなぁ」という感じなんですよね。
なるほどそうね。
(「いざ」の時だけでなく)「普段から備えておきましょう」、と。
これはWebがひろまってみんながSNSを使うようになって、それぞれの人の「コミュニケーション」が拡張した影響も大きいと思うけれども。
「一病息災」という言葉があるでしょう。なにかひとつの病気をきっかけに、病院に定期的に通うようになると、結果的にあちこちに気を配るようになるし、ほかの病気を早めにみつけたり、あるいは病気にならない暮らし(未病)を気にするようになったりできる、という。
逆にいうと、「無病」の状態で「まさかのために備える」って、相当難しいんですよね。「一病でもないかぎり」は、なかなか備える気が起きない。
そうそう。それと、思っているよりもずっと、「病院が怖い」とか「医師が嫌い」という人は多いんだよなあ。。。と思います。同じことは弁護士にも言えることだと思うけど。
あっ弁護士。なるほど。
■「病院が怖い」「医者が嫌い」の原因は
これは大塚先生も書いていたことだけど、「病院が怖い」、「医師が嫌い」は医師側、病院側にも、その理由というか事情はあるんだよ、と。これを言っていくのは、とても大事だと思います。
あーなるほどね。
「備えましょう」っていう商売って、ホームセンターと生命保険会社あたりが思い浮かぶんですけれどね。医者はへたかもな。
怖いお医者さん、多いですもんね。
多いですね。多いのかな。ぼくらの年代は(「いまどきの医者が怖いのかどうか」すら)知らないんじゃないかな。自分が患者としてかかった経験が少ないと、なかなか。
うーん、どうだろう。そうかもしれない。とはいえ、雰囲気的なものも含めて、「用もないのに来るな」って病院は多くないですか?
そうかも。逆に、地域のクリニックや、健康診断・人間ドックあたりは、わりと「用がなくても来てね」というカンバンを立てますけどね。
「病院に行くのは病気の時」という論理が転倒して、「病院に行かなければ病気ではない」という考え方の人もいますけれども。
……そうか、この話は、「受診契機の段階で病院や医者側のイメージが悪く作用してるんじゃないか」という話なんですね。それは全くそのとおりだな。
あ、そうかなるほど。なんか話がつながってきたぞ。「やさしい医療のかたち」の3人がSNSを中心に活動を始めたのは、「そういうハードル」を下げる、という意味があって、で、そういう意味では戦略的にすごく正しいですね。
「もっと気楽にぼくらを使ってね」という語りかけは、#SNS医療のカタチ の背景にあるテーマのひとつですね。
■「診察室」でやっていることを広げたい
最近その3人が動画配信を始めたのは、「文字コミュニケーションはそれなりに頑張って結果が出てきたから、次は映像コミュニケーションに進もう」という狙いなんでしょうか?
SNS医療のカタチ - YouTube
ええと、逆かも。オリジナル3の活動の軸は、もともと、「市民向け講演」にあるんですよ。そして、
お、市民向け講演。ふむ。
今でこそTwitterやnoteを個人がそれぞれやっていらっしゃいますけれども、本来、あの3人が「揃って」何かをやろうとなったきっかけは、「市民向けにライブでやさしく語りかけることをやろう」という大塚の提案がスタートだったと思います。
(※注:「揃う前」に、彼らはそれぞれブログをやっていてお互いを認識したらしいです。)
なるほどなーー。
で、その「ライブ」(イベント)ができなくなったから、代わりに「動画配信」なんですよ。たしか。記憶のかぎりでは。ぼくが知る限り。半分予想だけど。どこかからかフィクションかも。そういえばどこかの誰かがそう言っていた。
これは自分でやってみてよくわかったんですけども、「ライブ」(イベント)って、来てくれるお客さん、みんなものすごく聞いてくれるんですよね。当たり前だけど、特別感があるから。だけど「動画配信」だと難しい。ライバルがいきなりヒカキンさんになっちゃうんですよね。
それでいうと、もともと彼らの「ライブ」(イベント)の目的は、「診察室の延長」なんです。
お、ほほう。診察室。
多くの人が聴いて喜ぶなら、ついでかいハコでやりたくなりますけれどね。でも本来、彼らは、診察室を拡充するつもりでやっている。それこそ、「病院にかかってない段階のひとたちに、病院内で起こっていることを見せる」わけですね。
ふむ。
だから、YouTubeになると、ヒカキンさん的に上手にはやれないけれど、「オンライン診療をするつもりで」やればいいので、不利だとか難しいとかはさほど思ってない……彼らはたぶん診察室での振る舞いのままやってますね。もともと対面で「やさしい」。
※というわけで、お騒がせチャット、第1回はここまで。次回はこの続きをお伝えします。どうぞおたのしみにー!
snsiryounokatachi.hatenablog.com
構成、見出し:たられば