「医療系出版業界の話」というと、わりと小さい業界話になるのかなと思っていたんですが、話してみるとかなり普遍的な「本の作り方」だとか「人との付き合い方」だとかになってまいりました。
犬と病理医、第8回は、前回(医療系出版営業と編集者編 前編)に引き続き、後編をお届けします。
前回記事↓
snsiryounokatachi.hatenablog.com
■「紙の本」という特殊な商品の特殊な流通
本って、流通経路がかなり特殊なんですよね。たとえば新刊本は販売者(書店)が小売価格を決めることができない。全国どこでも同じ本は同じ価格で、書店は「書棚さえあれば資金がなくても開店できる」という制度にする必要があった。「国語政策」の一環として。地方と都心で本の価格が変わっちゃったら統一教育ができないからですね。これが「再販制度」です。また、本の流通促進のために、巨大な「取次会社」という流通・金融機関を作りました。トーハン、日販が有名ですね。出版社は、取次が「いいよ」と言えば刷った本をいったん取次に全部買い取ってもらえる。読者に売れようが売れまいが、いったん買い取ってもらえて、それを全国に頒布してもらえる。この制度は、長所も短所もあるんですが、ともかくも日本中の書店ができたし、出版社数も激増した。
ある種の国策だったのか。
本当はよくないんですが、「取次に納品すれば売上は立つ」という感覚を持ってしまっている部分はあります。
ある種の保護政策なんですけども、競争力が落ちるかわりに、日本語という、めちゃくちゃローカルだけど、1億人以上いる、という特殊な環境を背景にして、この制度はうまく回ってきました。しかしいま、Amazonが乗り込んできて、かなりガタガタになってきたと。
Amazonのことは社の内外から営業はかなり言われます...。
御社はAmazonさんには直卸しですか? それとも取次(大阪屋)経由ですか?
取次経由です。
(解説/現状Amazonへ本を卸すのは「出版社→Amazon」という直卸しパターンと、「出版社→取次会社→Amazon」という取次経由パターンがあります。取次経由だと、取次は助かりますが、Amazonで品切れが起こりやすいです。直卸だと取次は困りますが、在庫管理を丁寧にやってくれるので、品切れが起こりづらい)
ワン社は直卸でしたっけ?
弊社も取次経由です、直卸しは、大手だとKADOKAWAさんが有名ですよね。あと最近、中小は直卸しのほうが有利なことが多いですよね。
医療系出版社にはAmazonから年に一回通信簿がきて、売り損じがこれだけありましたよ、だから直取引しましょうといわれているみたいです。うちにはきませんが。
そういうのよく知らなかった。出版事情ってだいぶ変わってたんだな。
いま、紙の書籍販売におけるAmazonのシェアは10~13%くらいです。紀伊国屋書店が全国チェーンで4%くらいですから、もちろんAmazonさんが最大手ですね。なので逆らいづらいんだよなー。
おっしゃるとおりです。大お得意様になりますね。
■「外向けの言葉」と「内向きの言葉」と
ヤンデル先生は、「本を書いてください」と頼まれたのは、一番最初は医療系出版社ですか? 一般書?
いちばん最初に声かけてくれたのは、医書出版社のいち編集者です。
あ、あれか。『ひとりごと』?
いや、『症状を知り、病気を探る』。てるりんしゃです。
これか。
この本(『症状を知り、病気を探る 病理医ヤンデル先生が「わかりやすく」語る』)、まだジャンルが「植物学」なのか。そして在庫僅少(あと4冊)。
きっかけは。ぼくがツイキャスやってたこと。
やってたねー。『ドクターG』の解説とかもやってた。
参考:Live History - ヤンデル氏 (@Dr_yandel) - TwitCasting
ハリソン(『ハリソン内科学』)っていう内科のゴリゴリ本を、自室でナイトキャップかぶりながら、ツイキャスで朗読してたの。「ハリソンお遍路」って名前で。……それを見た編集者が「書け」って言っていろいろ書いてるうちに本の話までたどりつきました。
ぼくのツイキャスは一般向けだったんですよ。ところが、それがなぜかひとりの「医書編集者」にささった。それがもともとのきっかけです。
ふーむ、いろんなタイプの著者がいると思うんですが、ヤンデル先生は「本」は、編集者と一緒に作るタイプですか? それとも自分でがーっと作ってばさっと原稿を渡すタイプ?
かんっぜんに編集者に頼りますね。
「医療者が医療者に向けて書け」というタイプね。なるほどなー。
編集者(という非医療者)が、一般向けの「見せ方」をしていたぼくの可能性をさぐって、医療者向けの本を書くようにみちびいてくれたということになります。
「これはむしろ医療者向けに発信すべきだ」と思ったんだろうなあ。
ふと思ったけど、今回、『やさしい医療の世界』が一般向けのイベントなのに、ぼくが医書出版社と企画をやろうって気になったの、この「原体験」の影響かもしれない。
■「やるんだよ! プロとして、誇りをもって!」
具体的にはいくつか伺いたいです。ヤンデル先生はヤンデル先生なりに、「一般向けにこれが大事、プロ(医療者)向けにはこれが大事」という考えはあったんですよね? それとは違うやり方を一緒に考えたということ?
医療者むけに書かれた書籍に足りない「見せ方」があるとしたら、そのヒントの一部は、きっと一般向けの書籍にありますよね。
お、なるほど。
だからぼくは、「一般向けのやりかた」は素人なりにピンとくるところがあって、それはある意味ぼくの著作の魅力でもあるんだけど、「プロ向けのやりかた」はぜんぜんわからなかった。
面白い話だぞこれは。「外向けの言葉」だと思っていた内容だったけど「やり方を教えるから内向きに書きましょう、そのほうが効果が大きいですよ」ということか。
うん、そうだと思います。ぼくは本来、プロ相手にものを書けるとは思ってなかったんですよ。そこを編集者に誘導してもらった。
ふーーむ、なるほど。。たしかに、ツイートひとつとっても、フォロワーに向けては喋りやすいけど、「同業者に向けて呟け」って言われたら困るなあ。。
そこをね、「やるんだよ! プロとして、誇りをもって!」って言ってもらえたの。
わははは、いいねえ、背中を押された感じが。
■医者に本を書かせるのって、大変?
これは編集Yさんに伺いたいんですが、著者としての医療者って、扱いやすいですか? 扱いづらいですか?
いろんな方がいらっしゃいますよね。でも、原則、本業があっての執筆のお願いになるので、非常に忙しい時間を割いていただいているということはいつも気にしています。
お、そうか、本業とは別にお願いするわけだもんなあ。 しかも医者、忙しそうだし。
みんなツイッターとかあんまりまじめにやってないよね。
うちの編集者は「御机下」ですよ、ボクの依頼状は机の下に置いて結構です、っていってました。
「御机下」ってスマホだと出ないな。
字を書きなれているから、書かせてみたらハチャメチャ、というケースは少なそうですけどね。医師。
どうも! ハチャメチャです!
ハチャメチャツイッタラー。
みもふたもない。
まあ身はないね。
実もね。
で、だ。編集Yさんの話を聞こう。
聞く。
■「書けない」と言われたことがあんまりない
「書かない」とか「書けない」という医師も多いと思うんですよ。口説き文句みたいなものはあるんですか?
わたし、あんまり「書けない」と言われたことないので…、
マジか。みんな書くのかすんなり。
ぼくは毎回書けないって言ってるのに!
きみ、放っておいても書きそうなのに!!
なんでだ!
ツイ廃だから。
はい。
で、編集Yさんの話を。
はい。
■「最後は患者さんのためになる」
何を書いてほしくて、誰に届けたいのかさえきちんと伝えたら、だいたい書いてくださるんです。みんな本当にやさしいです。自分の本が誰かのためになるら、そして最後は患者さんのためになりますしね
全方位に百点満点の回答きた。
医療情報の出所を担当してる人たちって、ほんとすごいね。涙でるわ。
いっぽう営業Tさんに伺いたいんですけども、書店さんはそういう本を置いてくれなかったりするわけじゃないですか。そういうときは、どうやって説得するのでしょうか?
普段のお付き合いで、「アンタがいうなら」って、置いてくれることもありますね。さきほどの棚プロデュースをしているからか、あまり断られることはないと思います。
また百点回答だ。
「売る」も「置く」も関係からか。
SHARPさんがさ、「SNSで大事なのは小商い」っていうじゃないですか。よく。
「小商い」ね。いういう。
大量出荷、大量販売と真逆だよね。売り手と買い手、というよりも、人と人とで付き合いましょう、と。
うんうん。
商店街の軒先で、「お、今日はお出かけですか?」みたいな声がけが大事なんだと。それと一緒ですねえ。
そうですね。雑談は大切です。
SHARPの「八百屋の軒先」の話好きだなあ。医書にもそういう売り方があったんだね。
■「売りたい本」と「作りたい本」
営業Tさん、「今後売りたい本」を伺えますでしょうか。
いい質問だなあ。
先ほどの話しと同じになりますが、長く売れる本を売りたいです。なんか気がつくとなくなっているんだよね、といわれるような本です。
ロングセラー。
「売りたいか」、に対して、「届けたい」なんだなあ。
児童書とかは完全にロングセラー狙いですよね。『はらぺこあおむし』とか『泣いた赤鬼』とか。そういう本かー。
画像:Adobe stock
そして編集Yさんは、「今後作りたい本」について。どうですか。
わたしは、医療者は実践知が多い思うのですが、(医療者が)当たり前ととらえていたこともできるだけ言語化して、みなさんと共有することで、よりよい実践を患者さんに還元できたらと思っています。
お、ここにきて面白いネタを。
「まだら」を俯瞰してる。
たしかにヤンデル先生とかけいゆう先生とかと話してると、「おお、きみそれ当たり前みたいに話してるけど、だいぶ興味深い話だぞ!!」っていうことがたくさんありますね。
そうなんですよ、当たり前だと思っていることもテキストにして、みんなで共有していきたいです。
ヤンデル先生の『どこからが病気なの?』とかも、そういう本でしたしねー。 まああれは一般書だったけども。
そういうのって、出版の人々に言われないと医者だけではまず気づけないですね。
■コロナ禍で「医療情報」はどう変わったか?
最後のお題です。このコロナ禍で、皆さんの近くの医療情報に変わりはありましたか?
そのお題とは少しずれていたらすみませんが、医療教育が大きく変わったと思います。いままでは紙への絶対的な信頼がありましたが、仕方なくとは言え、Web講義や電子テキストを使うようになりました。この結果によって、紙のテキストをつかった教育がスゴく変わっていくと思っています。
あーなるほどー。
おー、いい話だなあ。
我々出版社は、その変革する医療教育にいかに迅速に対応できるか、が重要かと思っています。
新型コロナゆえに求められる情報と、新型コロナで影が薄くなったけど必要な情報、両方に目配りしてるんだな。
「本」ってその構造上、没入感が重要なんですよね。暗い映画館で専用シートに座って映画を観るみたいに、著者と読者のふたりきりの対話、という要素が重要になる。それがオンラインだと難しいんですよね。同じ表示情報でも、Webに繋がる端末で読んでいると、どうしても没入感が削がれる。その危機がより、このコロナ禍で表面化した感じはしますよね。
そうか、没入感。それぼく考えたことなかったです。
すごく営業っぽいお話だと思います。編集サイドはどうでしょうか?
まずは、医療者が忙しいので執筆を頼みづらくなっている面はあると思います。取材も新しい方法を考えないといけないですしね、あとやっぱり「変わること」と「変わらないこと」を見極めてテーマ選定していく必要があります
医師全般が忙しくなった、というのは、大変だなあ。。。「本を書くことも患者を救うことになるんです」と言っても、やや迂遠な手段であることは否めないですしね。。
そうですね、あと、著者の先生もどんどんyoutuberとかになっているので、自分もついていかなきゃ!と思っています
■「ひとりで作れること」と「誰かと作ること」
医師にかぎらず、優れた作品やテキストを作れる発信者が、「直接届ければよくね?」と思うのは、仕方ないところがありますよね。。。
著者の先生がどんどんYouTuber。いったい誰なんだ。
けいゆう先生だな。
彼はほんとすごい。
とはいえ、「誰かと一緒に作る」ということも、とても大事なんですよね。そのときに出版社を一緒に選んでくれるとありがたいけど、そうでなくてもいいから。「ひとりで作ってひとりで出す」という手軽さも重要だけど、誰かと一緒に作ったほうが、深く遠くに届くこともたくさんあると思うので。
そのとおりだと思います!
聴き手としての編集者、というのは新人の頃に言われたんですよね。まずは書き手と話せと。お前をネタに話させろ、と。で、「それ本にしましょうよ」と畳みかけろと。あれは「言語化」だったんだなあ。
「言語化」ってまじで難しい…。 そういう仕事があるって知ることができたぼくは幸運だったんだな。
■書店や出版社のSNSアカウントにお願いしたいことは?
というわけで、よい時間になりました。最後にTさん、Yさん、言っておきたいことがあればぜひ。
最後に質問してもよいですか?
どうぞどうぞ。 「先生、あのダジャレ面白いと思って言ってるんですか?」とか?
そういう心にくるのはやめてくれ。
す、すまん。
出版社や書店さんがSNS、おもにTwitterで発信を多くするようになりました。望むことやアドバイスをもらえますか
これヤンデル先生宛てですよね? 2人宛?
お二人に。
個人的には、「お客さんによる、書棚の撮影とSNSアップロードを解禁してほしい」です。あれはすごく宣伝効果が高いんですが、現状は原則NGでしょう。それを「原則OK」にするだけでだいぶ宣伝効果が高くなる。
なるほど。
ぼくからは……書店員さん自身が、毎日本や書店を見て、見えたものをただツイートしてくだされば、それだけでかなり効果的だと思います。キーワードは内容よりも頻度かな。毎日あれば、毎日からむことができます。
三省堂さんが仕掛けたヨンデル選書、撮影とSNSアップをOKにしたんですよね。あれはヤンデル先生の提案なんですか?
あれはぼくの意図をわかってくれた三省堂池袋の独断です。すばらしい。
うん、すばらしい。 デジタル万引き(立ち読みで書面を撮影)や、盗撮の問題もあるから、店内撮影にナーバスになる気持ちもわかるんですけどね。。。でも盗撮の危険は街中でもどこでもあるわけだし。。 レストランやラーメン屋さんでは当たり前に許可している「商品の撮影」を、書店が原則NGにしているのは、なんというか、すごくもったいないなと思います。
わんちゃんはずっと言ってるよねそれ。
ファンとしては、推し作家の新刊が平積みになってたら嬉しいし広めたいじゃないですか。それが出来ないのすごくつらいです。書店員さん忙しいので、お声がけするのもはばかられるし。。
■狂った書評48連発
編集Yさんは何か最後にありますか?
自分のツイートを振り返るいいきっかけとなりました。ありがとうございます!
楽しかったです。ありがとうございました。
はいでは本日はこれくらいで。8月のイベント。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
楽しみですね!
なんか、イベントで出品する本を病理医がお薦めしまくる、という噂を小耳に挟んだんですけども。
やるよ。ぼかあ。
何するの?
48冊読むからな。
よ、48冊。イベントまであと2カ月だぞ。
……たぶん。
書評48連発。いい具合に狂ってるね。
このチャットとおなじブログにのります。よろしくお願いします。
がんばってください!
では本日はありがとうございました。引き続きよろしくお願いいたします!!
ありがとうございました。
ありがとうございましたー
ありがとうございました。
「IT革命」は、情報技術の革命であり、つまり流通の変革を示しています。情報の届け方と受け取り方が大きく変わっているわけですね。そうした時代に、本の作り手(編集者)と届け手(営業)がどんなことを考えているのか、という話ができて面白かったです。 そんなわけで相変わらず一部の界隈でカルト的な人気を博している本連載、次回もゲストをお呼びしてお届けします。
構成・見出し たられば